読書案内

『ココロを癒せば会社は伸びる --- 部下もマネージャーも元気になるメンタルケアの実践』

川西由美子著
ダイヤモンド社 定価1400円+税

いささか大胆で挑戦的に見えるこのタイトルは、それだけをみると、「果たして、そう上手く行くものだろうか」と懐疑的に思う人や営業的なキャッチフレーズを疑う人がいるかも知れない。しかし、この本に書かれている内容は、産業カウンセリングを含む従業員援助プログラムEAPの日本におけるパイオニアのお一人、川西由美子氏の多くの実践経験に根ざした信念に基づくメッセージであることが、この本を読み通すと良くわかる。川西さんの豊富な経験に基づく、熱意にあふれた文章には説得力がある。ぐいぐい引き寄せられて読んでいくと、「社員のメンタルヘルスに配慮することは、うちの会社にも確かに大切だ」と納得する読者が多いのではないだろうか。  

産業カウンセラーの皆さんに改めて言うまでもないことだが、企業のパフォーマンスにとって、社員の仕事に対するやりがいや職場の人間関係といった心理的要因が重要であることは、古典的なホーソン実験以来、欧米社会では常識になっている。EAPの登場やその成功の背景にはそのような社会のコンセンサスがあたのだろう。他方、日本ではこれまで終身雇用制企業文化の中で、社員に対する「心理的配慮」が自然になされて日本企業の業績向上に貢献してきた。しかし、こんにち日本でも成果主義・業績主義が導入され、一方では「心のケア」が置きざりにされる場面が生じるようになった。もちろん成果主義・業績主義だけでは立ち行かない。新たな「心のケア」のシステム導入の必要性が認識され、その方法が模索される中、川西さんたちの活動が注目されているのだと思う。

この本は、まず第一線で働く産業カウンセラーや産業保健スタッフの方々の手元に置いて頂きたい本である。それは、産業精神保健の実践的ノウハウが豊富に盛り込まれているという理由だけではなく、自分たちの活動を企業システムに位置づけるための理念や具体的な指針が示された本だからである。そのような観点から、この本を会社の人事・総務担当者や経営者にお渡しして読んで頂くと良いだろう。川西ワールドに引き寄せられて、「ココロのケア」の重要性を再認識する人たちが多いに違いない。おそらくこの本が本来最もターゲットにしているのは、そのタイトルから分かるように企業のマネジメントに関わる人たちであり、この本は新たな産業精神保健アプローチの普及と定着に重要な役割を果たすことが期待される。

東京大学大学院医学系研究科助教授(精神保健学分野) 保健学博士 大島厳